って欲しいと云うんだからね」
 その言葉が幡江の表情を硬くしたように思われた。久米幡江は、半ば開いた百合のように、弱々しい娘だった。
 頸は茎のように細長く、皮膚は気味悪いほどに透明で、血の管が一つ一つ、青い絹紐のように見える。そして、肩の顫えを見ても、何か抑え切れない、感動に戦《おのの》いているらしかった。
 幡江は法水を振り向いて、その眼を凝然《じっ》と見詰めていたが、泣くまいと唇を噛んでいるにも拘らず、やがて二筋の涙が、頬を伝って流れ落ちた。
 それに、法水は静かに訊ねた。
「ねえ、何を泣いているんです。貴方のお父さんの行衛なら、僕はその健在を、断言してもいいと思いますがね。いいえ、大丈夫――十日の興業が終ってからでも、結構間に合うんですから。今朝の英字新聞で、僕の事を|畏敬すべき《レスペックタブル》――と云いましたっけね。だがそれは、一体どっちなんでしょうか。俳優としてか、それとも、探偵としての法水にでしょうか」
「ええ、お話したいのは父の事なんですけど」
 幡江の瞳が、異様に据えられたかと思うと、みるみる全身が、はちきれんばかりに筋張って来た。「貴方は、いまの幕の亡霊を、淡路
前へ 次へ
全66ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング