い、あの豊かな胸声に、再び接する機会はないように思われた。が、また一方では、それが法水麟太郎に、散光《ライム》を浴びせる動機ともなったのである。
 あの一代の伊達男《だておとこ》――犯罪研究家として、古今独歩を唱われる彼が、はじめて現場ならぬ、舞台を蹈む事になった。然し、決してそれは、衒気《げんき》の沙汰でもなく、勿論不思議でも何んでもないのである。曽て外遊の折に、法水は俳優術を学び、しかもルジェロ・ルジェリ([#ここから割り注]アレキサンドル・モイッシイと並んで、欧州の二大ハムレット役者[#ここで割り注終わり])に師事したのであるから、云わば本職はだしと云ってよい――恐らく、寧ろハムレット役者としては、九十郎に次ぐものだったかも知れない。
 従って、興業政策の上から云っても、彼の特別出演は上々の首尾であり、毎夜、この五千人劇場には、立錐の余地もなかった。そして、恰度その晩――五月十四日は、開場三日目の夜に当っていた。
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   ハムレツトの寵妃《クルチザン》

    登場人物

ハムレツト         法水《のりみづ》麟《りん》太郎


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