大群は、いきなり盲滅法界に湾内へ泳ぎ込んでくるのではないのである。
あたかも規律ある軍隊が行軍するように、まず先頭に一尾の鰡を泳がせ、次に三尾の一群が、次に七尾の一群、次に十五尾の一団というふうに、前衛を遠く泳がせて本隊はあとの方から、警戒充分の態勢を取って泳いでくる。
そこで、まず一尾の前衛が湾の入口へ泳ぎついて安全とみれば、湾内へ入る。続いて第二軍、第三軍が入り、最後に本隊が入るという順序になるのだけれど、もし少しでも物騒と見れば、沖へ逃げだして湾内へは入らない。もちろん本隊は、軽挙を慎むのだ。
漁師は、鰡の大群の進行振りを山の上から監視しているのである。うまく、鰡の大群が湾内へ入ったとなると、入口に張って置いた網の引き手を引いて口を締めてしまい、そこで盤木か鐘を鳴らして、村中の漁師に報《し》らせることにしている。
だが、鰡の方が一足先に山の上にいる番人の姿を発見すると、彼らは一目散に逃げ出してしまうのだ。湾口の網を締めるいとまのないほど、早い速力で姿を晦《くら》ましてしまう。
なぜそんな素晴らしい速力を持っているかというと、鰡は他の魚に殆ど類を見ないというトンボ返りの術
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