る鰡群がいないことになる。従って、東京や東海道方面で、からすみをこらしえる話をあまり耳にしないのである。少なくとも、広くは世間に知られていない。
ところが、やはり太平洋沿岸方面にも、子持ち鰡の群れが通過する場所は分かっているのだ。それは伊豆半島の南端|石廊岬《いろうざき》から大瀬あたりへかけての海である。この辺へくる鰡は、北日本の方から次第に下《くだ》ってきて、房州から東京湾あたりの群れを集め、さらに相模湾を加えて伊豆半島の東岸を南下、下田から駿河へ向かって、西に曲がるものと見える。
そして、この群れが下田から西に向かうと、あの海岸線に沿って冬の海を次第次第に旅行するのだが、鰡という魚は妙な習性を持っていて、海岸線に従って克明に旅行する。だから入口の狭い湾に出会うと、その入口からなかへ入って湾内を一周し、再び狭い入口を出て次へ次へと海岸線へ沿って歩くのだ。
その習性を捉えて、南豆長津呂の漁師は、鰡が湾内へ入ったとみると、狭い入口を網で塞《ふさ》いで外洋へ出られぬようにし、これを根こそぎ掬いとるのである。けれど、なかなかもって漁師の計画通りにはいかない。
鰡は、随分要心深いのだ。
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