に志して、かつてわが生まれた故郷へ旅するのである。
 利根川は、佐波郡の芝根村地先で、烏川を合わせる。その烏川が、鮭の故郷であるのだ。銚子口から、[#「、」は底本では「,」]遙々と利根川を遡ってきた鮭の親は、九月中旬には烏川に達する。そして、産卵の準備に取りかかる。鮭の親は、淡水へ入れば、殆ど餌を食わない。
 利根本流は、あまりに水温が低いためであろうか、底石が大き過ぎるためであろうか、鮭は武州本庄裏まで遡りつくと、左へ曲がって烏川の水を慕う。烏川へ入ると、深さ一、二尺位の玉石底に堀を掘って産卵するのであるが、岩鼻村地先まで達した鮭は、そこでさらに左へ曲がり鏑川の水を慕う。
 そんなわけで、鮭の産卵場は多野郡の多胡の碑地先から山名村や森新田地先の鏑川に最も多いのである。産卵の季節は、十月半ばから十一月が盛んである。
 初冬の候、卵から艀った鮭の子は、生まれたあたりで越年して、温かい春の水を迎えるのであるが、四月上旬になると、長さ一寸五分ほどに育つ。
 桜の花が咲き初めるころ、南の暖かい風が吹いて、一雨訪れると鮭の子は、その薄濁りの水に乗って、親が育った北洋の寒い鹹水へ遠く旅するため、生
前へ 次へ
全14ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング