に高い鳥海山が長い裾を東西に伸ばしていた。山の肌はまだ蒼《あお》い。腰の辺りに幾とせ消え残る万年雪が、まだらに白く秋陽に輝いていた。河口には、左にも右にも遠く白砂が続いている。白砂が陽炎《かげろう》に消えた西南の果てには、賀茂の港や湯野浜あたりの山々が、遙々と紫色に並び立った。淡島や佐渡ヶ島は、悠々と海霞の奥に眠っているのであろう。眼に見えぬ。
 ここの釣り人は、竿の調子に微妙な関心を持っていた。穂先はやわらかで、胴に調子を保ってしかもねばりのある竿を好むのである。それは、庄内地方特産の唐竹の根掘りで作るのであるが、少し重過ぎるきらいはあるとはいえ、魚が鈎をくわえてからの味は、満点であった。
 ここの人が使う手網は、美術品である。枠は竹を削ってはぎ合わせ、それを漆で塗りかためたものだ。網は、絹糸の一分目である。私は、その小型のものを酒田の釣友本間祐介氏から、記念品として贈られた。
 羽州の旅数日、いつの日も地米の飯に恵まれた。豊かな幸福を感じたのである。これは庄内平野が広々としてあるおかげであろう。その平野を横ぎって、私は湯野浜温泉に一宿した。電車の窓から、既に刈り取られた稲田の畦に、
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