かに佳饌の趣を呼び、時しも窓外の細雨に、二人は秋声の調べを心に聞いた。鼎《かなえ》中の羮《あつもの》に沸く魚菜の漿、姫柚子の酸。われらの肉膚は、ひとりでに肥るのではないであろうか。
 さらに膳を賑わせたのが、茄子《なす》の丸焼きであった。これは友が庭前の叢《くさむら》に培った秋茄子である。焦げた皮を去って、丸呑みに一噛み噛み込めば、口中に甘滋が漂う。次に、唐黍の掻き揚げが盆にでた。これは、珍味である。唐黍の果粒が含む濃淡な滋汁が、油と融け合い清涼の味、溢れるばかりであった。季節の天産を、わが手に割烹《かっぽう》するほど快きはないのである。友の家庭に潜むこの情味を、羨ましく思う。
 さて私は、ほんとうは鮎を求めて、小国川へ釣りの旅を志したのであった。しかし、この山国の渓流はもう水が冷えきって、鮎は落ち鮎となり下流に下って、瀬見温泉あたりに姿をとどめなかったのである。とはいえ、それを私は残念とは思わなかった。それは、落ち鮎は味の季節ではないからである。
 人により子持ち鮎を至味というが、私はそれに賛成しない。鮎は土用があけて秋立つころになると、片子を持ちはじめる。つまり、生殖腺発達の兆《き
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