高くなっていくのに驚いているときである。であるのに、ここの宿料はどうしたことか。
たとえ、老婆は古い顔知りの雨村のために、特に旅籠《はたご》料を安くして置くとかいう含みが言葉にもなく、表情にもない。また雨村は、平然としてこれを感謝している風もない。
四
私は、今から十五、六年前、裏飛騨の吉城郡坂上村巣の内へ、鮎釣りの旅に赴いたことがある。この村の地先は、越中国を流れる神通川の上流である宮川の奔湍《はんたん》が、南から北へ向かって走っていて、昔から一尺に余る大きな鮎を産するので有名である。
その頃は、まだ富山から高山へ汽車が全通していないので、巣の内は軌道敷地の工事最中であった。ここの宿では、大きな鍋を爐《ろ》にかけて鍋めしを炊いていた。
ある朝、私は宿の主人に試みに旅籠《はたご》料はいかほどであるかと問うたのである。ところが、主人は恐縮した顔で、なにかお気に召さぬことでもあったのでしょうか。旅籠料は一泊三食金四十銭でありますけれど、それでお高いと思し召すなれば、もっと安値にして置いても結構でありますと答えるのである。それをきいて、私の方では恐縮してしまった。
いやそ
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