瀞
佐藤垢石
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)彩《いろどり》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)北山川[#「北山川」は底本では「来た山川」]
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一
南紀の熊野川で、はじめて鮎の友釣りを試みたのは、昭和十五年の六月初旬であった。そのときは、死んだ釣友の佐藤惣之助と老俳優の上山草人と行を共にしたのである。
私らは、那智山に詣でた。那智の滝の上の東側の丸い山を掩う新緑は、眼ざめるばかり鮮やかであった。黄、淡緑、薄茶、金茶、青、薄紺など、さまざまの彩《いろどり》に芽を吹いた老木が香り合って、真昼の陽光に照り栄えていたのである。若芽と若葉の放つ、生きた色彩の輝きは人間が作った絵の具の趣にはない。つまり如何《いか》に豊かな腕を持つ画人であっても、新緑が彩《いろど》る活きた弾力は、到底描き得まいと思う。
瀞《とろ》八丁の両岸の崖に、初夏の微風を喜びあふれる北山川の若葉も、我が眼に沁み入るばかりの彩であった。それが、鏡のように澄んで静かに明るい淵の面に、ひらひらと揺れながら映り動いていた。
木津呂あたりを流れる北山川[#
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