「北山川」は底本では「来た山川」]の瀬には、激しいながら高い気品があって、プロペラ船の窓からこれを見て私は、この早瀬の底には、さだめし立派な鮎が棲んでいるのであろうと想像したのである。底石は石理《せきり》ある水成岩の転積である。流水は、水晶のように清冽である。右岸の崖にも、左岸の河原にも、峡谷とはいえ、人に険しく迫らぬ風情が、川瀬の気品に現われてくるのであるかも知れぬ。
 私は旅先を急ぐ釣友と別れ、旅館の都合で十津川と北山川と合流して熊野川となる川相から一里下流の、日足へ足をとどめたのである。ここらあたりの風景もひろびろとして快い。
 日足の宿の二階から、熊野川の広い河原が眼の下にある。私は、ここで四、五日の間、心ゆくばかり鮎の友釣りを楽しんだ。六月はじめの解禁早々ではあるけれど、大きな姿の鮎がまことに数多く釣れたのである。
 その年の八月下旬、再びこの[#「再びこの」は底本では「再びのこの」]熊野川の日足を訪れた。

   二

 実は、伜の暑中休暇を利用して、彼に熊野川の大きな鮎を釣らせたいと思ったからである。八月二日の朝、東京を出発した。
 同行者は日本評論社の社長鈴木利貞氏と私
前へ 次へ
全32ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング