後の魚野川の釣趣を味あわせたいと思ったからである。
 伜の方は、越後国南魚沼郡浦佐村地先の魚野川の釣り場を克明に知りつくしているから、娘の方には北魚沼郡小出を中心とした地方の釣り場に親しませたいと考えた。折りから、伊豆狩野川の釣聖中島伍作翁も来合わせていたので、私と娘と三人で、一週間ばかり楽しくあちこちと釣り歩いた。
 最後に、魚野川が信濃川に合流する上手一里ばかりの越後川口町の勇山の簗場《やなば》近くへ娘を連れて行った。この日は、一切娘の釣りに干渉するのをやめて、娘が思うがままに振る舞わせてやろう。しからば、どんなによく友釣りの技がなまやさしいものではないということが分かるであろうと考えた。
 中島翁にも、私にもちょいちょいと、数多く掛かる。しかし、指導の拘束から解放された娘には、朝から鈎に殆ど掛からぬといってよいほどの不成績である。ときたま掛かることがあっても、ザラ場の勾配のある瀬では出足が伴わぬ。掛かるたびに囮ぐるみ道糸を切られてしまう。
 そこは、川口町から十日町へ通う鉄道の橋のかみ手の瀬であったから、午後は簗場の尻の瀞場へ案内してやった。ここは、富士川の鉄橋のしも手の瀞場の条 
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