も下総の竹岡へも鯛釣りに同行した。そして、観音崎と富津の岬の間に漂う東京湾内の静かな海の底から、鮮麗、眼を欺《あざむ》くばかりに紅い真鯛《まだい》を釣り上げさせたが、どういうものか伜は海釣りに深い興を起こさぬ。
 やはり、川釣りの方が面白いという。鮎釣り、山女魚《やまめ》釣り、はや釣りの方に面白味を持つという。寒烈、指の先が落ちさるような正月のある日、茨城県稲藪郡平田の新利根川へ寒鮒釣りに伴ったが、それでも海釣りよりも淡水で、糸と浮木《うき》の揺曳《ようえい》をながめる方が楽しめるという。
 海は、伜の性に合わぬのかも知れない。
 日ごろ娘は、友釣りを教えてくれとせがんでやまないのである。そこで、昭和十八年の七月、東海道岩淵地先の富士川へ伴って行った。私はこの年の六月中旬、中島伍作氏や宮坂富九氏らと共にやはり岩淵の富士川橋の袂《たもと》の宿に滞在して釣っていたのであるが、富士川の上流に豪雨があって濁ったため、一日興津川へ遊びに行った。
 興津川も共に濁ったのではあったけれど、澄み足の早いこの川は、既に笹濁り程度に澄んで、二、三日したら釣れはじまる見込みはついた。しかし試みに竿を下ろして
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