ことができた。途中で、勝浦の越の湯に一泊し、翌朝姪夫妻は新宮からプロペラ船に乗って瀞へ行き、私ら親子は新宮の駅前からバスに乗り、五里奥の日足の村へ向かった。
 日足の宿では一泊一円五十銭、随分と多くご馳走がある。毎夕おしきせに、麦酒が二本。これは勿論《もちろん》旅籠料のほかだが、今の相場から見れば、ただに等しい。
 この村の前の熊野川には、上流にも下流にも連続して立派な釣り場がある。鮎の大きさは七、八寸、一尾二十匁から三十五、六匁ほどに、丸々と肥っているのである。
 まことに盛んに、私の竿にも伜の竿にも、大きな鮎が掛かった。
 熊野川の鮎は、日足から上流一里の河相まで遡ってくると、左へ志すのは十津川へ、右へ行くのは北山川へ別れてしまうのであるが、十津川筋へ入った鮎は残念ながら風味に乏しいのである。この川の岩質は、鮎の質を立派に育てない。それは、火山岩か火成岩が川敷に押しひろがっているからである。火成岩を基盤とする山々を源とする川の水質は、水成岩の山々を源とする水に比べると、どういうものかその川に育つ鮎は香気が薄い。そして、丸々とは肥えないのである。殊に、脂肪が薄い憾みが多い。
 これは
前へ 次へ
全32ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング