望むべき何もない心底であった。ところが図らずもこのたびある人から、報知新聞社長就任の慫慂《しょうよう》を受けたのである。つらつら報知新聞の現在の社業をみると、全く昔日の俤がない。自分も諸君と同じに、報知新聞の古い関係者である。そとにあっても、社業回復を望む念は一日もやまなかった。されば自分は、直ちに社長就任を快諾した。即ちこれは七十余歳の老骨に、死所を与えられたものである。死華《しにばな》であろう。これからは、この痩躯に鞭うって報知社再興のためには、倒るとも努力を惜しまないつもりだ。幸いにして諸君も社外にあり、主家再興の気持ちをもってこの老人を助けて貰いたい。と、いう意味の希望にみちた演説をしたのである。
これを聞いて、来会者は悉く感激した。頽《すた》れゆく旧主家に、救いの神が現われたような気持ちがしたのであった。
それから、翌春になって暮れに招かれた連中が相集まり頼母木新社長を招待し、感謝慰労の会を開いた。その席上でも、頼母木は自分は報知新聞社と共に討死するつもりである。と、壮心燃ゆるような演説をしたのであった。人々は、杯をあげて昂奮した。報知新聞社黄金時代の再来を夢みて、席上の
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