が朝夕庭先を逍遥しながら、本を読んでいるのを、障子のすき間から、しばしばかいま見たことがある。
自分が毎夜宴席で接待する呑ん兵衛共とは、人種が異《ちが》うほど人品が高い。自分もやがては卑しき稼業をやめ、人間並みに天下晴れての結婚をしなければならぬのだが、婿に選ぶのなら隣に下宿しているような学生を得たい。
こんな風に、ときどき思案してきた矢先であったのだ。読み終わると、ひとりでに心臓が高く鳴るのを覚えてきた。
そこで、小みどりはこの機会を逸してはと考え、仙公の詩の韻をふみ、想いのたけを詩に表現した。そしてその日の夕方、これを白紙に書いて、仙公の室の廊下へ投げ上げたのである。
仙公が、それを拾って読んだのは、もちろんである。これはわが輩の想像以上に大した娘だ、これと結婚して、しかもわが輩の妖気を見破られなかったら儲けものである。全国の狸界に、君臨しても文句を挾《はさ》まぬ日が必ずくるであろう。
もし、看破られて、天秤棒で追いまわされたところで、尻っ尾を巻いて故郷の水沢観音の床の下へ逃げ込めば、それでよろしい。大して損はない。
二、三日過ぎた宵の口、仙公は低い声で詩を吟じながら墻
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