《うんざ》となったのである。
 仙公狸が、一番早く詩を作った。仙公が、己の賦詩を朗読すると、名作であると賞詞を揃えて、一同は拍手したのである。もとより狸に詩を賦すことなどできるわけのものではないのであるけれど、神通力を持つ仙公だ。なにか、口の中でぶつぶつというと、それが学友達に聞こえたのかもしれない。
 夢中になって歓語を交換していると、下のおかみさんが、襖の外から、先生がお見えになりましたから、ご案内しますと告げた。
 連中は狼狽した。酒をのみながら芸妓を題にとって詩を作っているなどとは、学生の分際として穏やかでない。佐々木彦三郎はすぐ詩を書いた紙を丸めて、懐中へねじ込んだのである。
 先生、いま一盃はじめたところです。
 よかろう、青年は元気をつけねばいかん。
 はっ――。
 そこで瓶盞《へいせん》を改め、先生に集中攻撃を喰わした。佐々木彦三郎は、学友達が酔ったはずみになにか喋ってはまずいと考えて、手洗場へ行くふりをして、縁側へ出で二階から、例の詩の書いてある丸めた紙を懐から出し放った。擲《なげう》った紙は、墻《かき》を越えて隣の家の庭へ落ちたのである。
 先生と学生らは、夜半まで
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