は千態万姿、まず関東における狸仲間の大御所であった。
 しかし、彼はまだ人間と交際したことがない。人間と交際して、生活を共にし、しかも本性を隠し通す修業を積まなければ、全国の狸界を統一し、それに君臨するわけには行かぬこととなっているから、これについて仙公狸は多年にわたり、思案を費やしてきたのである。けれど穴に引きこもって、考え込んでいるだけでは埒《らち》があかぬとあって、いよいよ厩橋の城下へ繰り出すことにした。
 当時、厩橋城は織田信長の重臣瀧川一益が関東の総支配として進駐し、近国に勢威ならぶ城主がなかったのである。したがって厩橋城下は殷賑《いんしん》を極め、武士の往来は雑|鬧《とう》し、商家は盛んに、花街はどんちゃん騒ぎの絶え間がなかったという。
 仙公は、出発に際し九十九谷の崖下に穴居する※[#「豸+權のつくり」、第4水準2−89−10]《あなぐま》を訪《おとな》うて別盃を酌み、一青年学徒に扮して厩橋城下へやってきた。佐々木彦三郎と名乗って紺屋町付近の素人下宿を住まいとしたのである。この下宿は甚だ居心地よく庭に花圃菜園などあって、屋敷が広い。
 昼は、塾に通って勉学し、朝夕は花圃を
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