気絶した。
明け方眼ざめて村へ帰り、斯《か》く斯くと語ったのであるが、貴公が四十数年前、桑畑の間で胆を潰したあのしゃもじの古狸めか、それとも子狸が親から相伝した変化術か。
はからずも老友と回顧談に耽り、おかげで私の病気も俄に快方に向かった次第である。想えば私の生涯も、永い年月であったわい。
上州は、古くより狸の産地としては、日本随一である。分福茶釜の茂林寺のことは作り話であろうけれど、茂林寺の近所の邑楽郡地方には、今でも盛んに出没している。殊に、内務省直轄で築造した渡良瀬川の堤防には、狸の穴があちこちにあって、村の人は、しばしば狸汁に舌鼓をうっている。
就中《なかんづく》、奥利根の山地には狸が多い。新治村の諸山脈と吾妻郡と越後の国境にまたがる山襞には、むくむくと毛ののびた大狸が棲んでいて、猟師の財産だ。
榛名山麓も、狸の本場であろう。
今から三百五、六十年の昔、伊香保温泉に近い水沢観音の床の下に、仙公と呼ぶ狸界の耆宿《きしゅく》が棲んでいた。齢《よわい》、千余年と称し、洛北の叡山で、お月さまに化け、役の行者に見破られて尻っ尾を出した狸と兄弟分と誇っていたというから、変化の術
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