れを買ってくださいとは言えぬ。無理もない。
『勇気が出ないか』
『駄目だ。売り捌きの方は免職させてくれ』
『そうだろう。僕なら一層駄目だと思うよ』
 私は、銀平を慰めた。すると、銀平の顔は俄《にわか》に明るくなった。
『やむを得ない。まあ一つくらい素通りしても、これから、いくらでも学校や役場はあるはずだ。しかし、この次は頑張ってくれ小池君。でないとこの十枚の短冊が無駄になるのはかまわないとしても、愚図々々していると胃袋の虫が承知しなくなる』
 居候関係は、高崎をたつと同時に一応解消して、三人は平等の人間になったようなものの、玉汗の言葉は依然として重きをなしていた。

     四

 碓氷《うすい》峠の登り口、坂本の宿へはまだ一、二里あろうという二軒在家の村へついたとき、もう浅春の陽はとっぷりと暮れていた。寒い西風が、村の路に埃をあげて吹いている。
 晩飯と、どこの軒下でもいい、一夜の寒さを凌《しの》ぐ場所を求めたいと思うと、俄に気が焦ってきた。思いきって、そこの小学校の校長先生を訪れた。ところが校長先生は、つい四、五日前単身奥利根の方から転任してきたばかりだと言って、小ざっぱりした百
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