酒徒漂泊
佐藤垢石
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)沓茫《とうぼう》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)浅間|颪《おろし》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから2字下げ]
−−
一
昨年の霜月のなかばごろ、私はひさしぶりに碓氷峠を越えて、信濃路の方へ旅したのである。山国の晩秋は、美しかった。
麻生豊、正木不如丘の二氏と共に、いま戸倉温泉の陸軍療養所に、からだの回春を待ちわびている三百人ばかりの傷病兵の慰問を志して、上野駅から朝の準急に乗った。峠のトンネルを抜けて、沓茫《とうぼう》とした軽井沢の高原へ出ると、いままで汽車の窓から見た風物とは、衣物の表と裏のように、はっきりと彩を変えていた。二人は、莨《たばこ》を喫いながら何か賑やかに話しているけれど、私は窓硝子へ吸いつくばかりにして、めぐりゆくそとの景趣に眺めいったのである。
この秋は、陽気が遲れていた。いつもならば十一月のなかばがくると、上信国境の山々は、いくたびかの大霜にうたれ、木々の梢はうらぶれて、枯葉疎々として渓流のみぎわを
次へ
全25ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング