できたのだ。
 ひる前に、高崎をたった。料峭《りょうしょう》の候である。余寒がきびしい。榛名山の西の腰から流れ出す烏川の冷たい流れを渡り、板鼻町へ入ったとき、さつま芋を五銭ほど買って、三人で分けて食べた。それから安中《あんなか》宿に続く古い並木を抜けた途上であったと思う。一つの小学校のあるのを発見した。そこでいよいよ商売に取りかかることになった。発句の方は私に旧稿があるし、字は玉汗がすらすらいけるからいいとして、一番しっかりやって貰わねばならないのは銀平の役目である。ところが銀平は尻ごみして動かない。
『おれは決心が鈍った』
 と言って、路傍の石に腰をおろし、空を向いて瞑目した。
『高崎をたつときは、随分鼻息が荒かったが、どうしたんだい』
『馬鹿にはにかんじゃったな――そんな人柄じゃあるめえ』
 などと、玉汗と私はからかったが、銀平は真面目な顔で、
『おれは不得手《ふえて》だ』
 と呟《つぶや》くのである。
 もっとものことだ。駄洒落《だじゃれ》みたいな発句と妙な字をぬたくらせた短冊を、自分たちにしたところが、それを持って役場や学校の玄関へ立てるだろうか。どんなに押しの強い人間でも、こ
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