ていることは風のたよりにきいている。その男に何とか、三人の身の振り方を相談しようではないか。何とかなるだろう。
 だが、果たして猪古目が長野にいるかどうかは、しばらくたよりがなかったから、長野まで訪ねてみねば分からない。しかし、いまはもう僕の懐には一文もない。旅費がないとすれば高崎から長野まで三十六里を歩いて行かねばならないのだが、諸君なにかほかに妙案があるか。
 居候二人に、何の妙案も持ち合わせないのは分かっているのである。万事、玉汗の指導にまかせることにした。
 もとより玉汗は僅かな家財しか持っていないのを売り食いしてきたのであるから、いま残っているのは古本ばかりだ。それを、紙屑屋に売って五十銭できた。これで何とか、長野まで露命を繋《つな》がなければならないことになったのである。
 二月八日の、春たつ朝である。さて、三人は知恵を絞った。結局その五十銭のうちから、古道具屋へ行って矢立一本と、別に短冊十枚を買った。俳行脚《はいあんぎゃ》の者に扮《ふん》し、私が発句を読み、字の上手な玉汗が短冊に筆をはしらせ、道中で役場や小学校を捜しあて、口前のうまい銀平が短冊を売って歩こう、という仕組が
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