たち、こっちへきんさい』
 と、呼ぶのである。私たちは、開いた窓の下の庭に立った。窓を見上げると、窓の暗《やみ》から手が出て、
『これを持って行き給え』
 と、言う。
『どうも、ありがとうございます』
 玉汗が右の手を差しのべると、暗から出た掌が開いて、光るものが玉汗の掌へ落ちた。
『どうもありがとうございます』
 と、玉汗は重ねて言った。しかし、事務室も暗い。また、そとも暗い。事務室の暗《やみ》の主は、どんな人であるか分からないのである。声の色で判断すると、若い人のようでもあり、黒い手の色から考えると、年配者でもあるらしい。
 銀平も私も、暗のなかで黙って頭を下げた。窓の人は、そのまま黙って暗のなかへ引っ込んで行ってしまったのである。小使室の前へ立ち戻って、遠く榾《ほた》あかりで透《す》かしてみると、玉汗の手にあるものは、五十銭銀貨であった。
 ――奇特なことである――
 私は感激して、心にこう思ったのであるから、銀平も玉汗も同じ思いであったろう。
 五十銭あれば安心だ。どこか木賃宿でもみつけよう、ということに相談一決した。往還へ出て路ゆく人に尋ねてみると、この宿の西の出はずれに、上
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