ら先、この積雪のなかを、踏み分け踏み分け行かねばならないのか。それを思うと、脚が立ちすくむ。
 こうして、寒雪に恐れていつまでもここに佇むわけにはゆかぬ。勇気をつけて、軽井沢の方へ坂を下った。軽井沢の宿へ入ると、人の踏みつけた雪は凍って、油断をすれば低く摺り減った日和下駄の歯が、危うく滑りそうになる。
 いまの軽井沢は、文化風の建物が櫛比《しっぴ》して賑やかな都会となっているが、そのころはまだ北佐久郡東長倉村の一集落で、茅葺屋根の低い家並みが続いていて、ペンキ塗りの外人の避暑小屋は落葉松の林のなかに、ばらばらと数えるほどしか見えなかった。殊に冬は死んだように閑寂とした宿であった。
 きょうも長倉村でさつま芋を五銭買って分けて食べた。ところが信州は物が高いと見える。
 上州の板鼻で買ったときよりも、同じ五銭でありながら、きょうの方が量が少ない。そんな細かいことに気づいて、三人は笑った。
 浅間|颪《おろし》が、横なぐりに雪の野を吹き荒れてくる。だが尻をからげて路を急いでいると、峠の上で恐ろしがったほど寒さを感じない。かえって、ほんのりと額に汗がにじむくらいである。
 沓掛の宿を過ぎた頃は
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