から平野へわたる風のなかに立っていた。その標柱の礎石の前の小さな石塊を背に分けて、東側に降った雨は遠く流れて太平洋へ、西側へ降った雨の粒は日本海へ、おのおのの行方を語るのであろう。路傍の赤土の面を掘った細い糸ほどの溝の跡が二本。一本は利根川を指し、一本は信濃川を慕い、思い思いの方を向いて互いに運命の坂を下っている。
 私らはそこから行手をみてびっくりした。顧《かえり》みれば、下野の男体山から赤城、榛名、妙義、荒船、秩父山かけて大きく包まれている関東平野は、もう浅春の薄い霞の帷《とばり》をおろして、遠く房州の方へ煙っているというのに、信濃の国の方は青銀色に冴えた一面の雪野原であった。
 山の中腹の、浅い雪からは、枯芒が穂だけ出している。吹きだまりの深い雪には落葉松が腰まで埋めている。大浅間の頂は、真っ黒な雪雲に掩われて窺い知れないが、南佐久の遙かな空には真っ白な蓼科山が鋭い線を描いて、高く天界を截《き》っていた。
 凄寒を催す眺めだ。この雲行ならば、また雪が飛んでくるかも知れない。風が、痛い。長野まではまだ道のりの半分もきていないのだけれど、何の防寒の用意もなく懐も冷たい私たちは、これか
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