は、どうなることか当てにはならない。そのつもりで、充分腹に支度をしておけ』
 と、囁き合った。米櫃はからからになった。私らは、厚く礼を述べた。そして、辞して去るとき先生は、
『これは、ほんの短冊の紙代だけだ』
 こう言って、紙のおひねりを出してくれた。
 私達は、また平伏したのである。
 中仙道へ出て四、五町歩いてから、その紙包みをあけてみると、二十銭はいっていた。
 あのとき、校長先生は四十歳を過ぎていたように見えたが、いまでもお達者に暮らしているであろうか。

     六

 碓氷の峠路から眺める重なり合った峯と谷はまだ寒山落木の姿であった。だが、東に向いた陽当たりの雪のない山肌には、波のようにやわらかい襞《ひだ》が走っていて、落葉の間にも何となく潤《うるお》いがある。やはり、春たつ順気が地の底に、眼ざめているのであろう。
 路は、この頃のようになだらかに改修されていなかったから、なかなか険しかった。足ごしらえの悪い腿が痛む。けれど、けさふんだんに食べた飯が腹にあるから、いずれも元気だ。
 午《ひる》が少しまわったころ、峠の頂へ出た。ここには、上州と信州の国境を示す石の標柱が、嶺
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