るものがいないのだから、私は大胆に注文した。すると、女中はこの子供がまあ呆れたといったような顔して眼を瞠《みは》る。
『嘘じゃない、ほんとだよ』
たとえ、少年であっても俺は客だ、という気でいるから、私は人怖じなどしない。
女中は微笑しながら起《た》っていって、やがて酒壜と杯を持ってきた。この壜に正味一合入ることは、いつも徳利の大小について父と母との問答を聞いているから、的確に判断がつく。
『ごゆっくり』
と、言って女中がまた微笑して去ったあとで、私は眼をつむってまず一杯を喉へおとした。眼をつむるというのは、舌に感覚を与えまいとする用心なのだ。つまり酒は随分苦いだろう、という予感があったからだ。ところが苦いどころか甚だおいしい。眼をつむるなんて、近ごろの言葉でいえばひどく認識不足であると自笑した。
それからは眼を開いたまま、グイグイと忽ち一本を平らげた。手を叩いて、も一本。さらに、も一本。都合三本を、手間ひまかけずに飲み干したのである。であるのに、少し肩の骨がゆるんだような気がしているのと、正面の襖が左に回転しかけて、また元の位置へ戻る運動を続けはじめたくらいで、別段苦しくも何と
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