だ。双牛、いずれも鋭い角の持ち主だ。双牛、場内を一巡して顔を合わせ、さて飼主が互いに呼吸をはかって、鼻糜を抜こうとすると彌藤兵衛牛は妙に怯えた風で尻ごみをする。周囲を取り巻いた牛方が、イヤイー、イヤイーと声援するけれど、とうとう彌藤兵衛牛は、全身の筋肉を細かく慄《ふる》わせて、折りあらば逃げ出そうとする動作を示す。不戦、次郎衛門牛の勝ち。
 牛は、まことに怜悧であって、顔を合わせた瞬間、敵の気力と闘志を見て、敵わずとさとれば、戦わずして兜を脱ぐものだそうである。きょうは小形の赤牛に分がよく、大形の黒牛には運が悪い。
 二十数番取り進んで、きょうの結び相撲である浦柄村の杢平《もくへい》牛と、大内村の孫七牛とが東西から巨姿を現わした。杢平牛は数年間横綱を張っている戦場往来の古|強者《つわもの》だ。黒い肌を生漆のように艶々しくみがきあげた毛並みの下に、一|尋《ひろ》もあろうと思える肉が細やかに動いている。七、八歳の男盛りの闘牛だ。
 これに対する孫七牛はまだ五歳。今春、横綱格に昇ったばかりの新進気鋭の若ものである。やはり黒牛だ。この骨格と、肉付きと、毛並みの艶々しさを見て、誰か美を感ぜぬ者が
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