牛を土手の中腹まで押しあげてしまった。その力、その技術。人々は、あっけに取られて、ただ茫然たるのみ。
 小形の赤牛、大形の黒牛を、もののみごとに破ったのだ。
 牛方が、双方の牛の後脚へ綱をかけた、そして、数人がその綱を握って後ろへ力まかせに引いた。だが、牛はまだ闘いを止めようとはしない。僅かに、角と角とが離れたとき飛鳥の速さをもって若い牛方が二、三人、牛の角へ飛びついた。牛は頭を振った。だが、牛方は角を離さない。
 もし、その乱闘の間に角で脾腹でも刺されたら、そのまま牛方は即死だろう。格闘、真に必死の人間と猛牛の闘いだ。牛方の顔面に、男性美が横溢する。
 ついに、牛と牛は左右へ遠く分けられた。人々は、陶酔からさめてほっとした。

  四

 前頭級の牛でさえ、凄絶の角闘である。これが横綱級にまで取り進んだら、どんな猛争をするであろうと、興味は次第に増すばかりである。
 十数番、取り進んだとき、竹沢村の彌藤兵衛牛と塩谷村の次郎衛門牛とが顔を合わせた。彌藤兵衛牛は、漆黒の毛艶で腹が白い。まことに美しい大きな牛である。二百二、三十貫はあろうか。
 これに対して次郎衛門牛は栗毛の二百貫前後の牛
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