》ったのだ。
 一秒、二秒、三秒。角と角が組んだ。牛は、渾身の力を角にこめて押し合った。筋肉が、躍動する。後ろへ、踏ん張った後脚の蹄《ひずめ》が、土中深くめり込まる。
 見物人は、片唾を呑んだ。牛方の青年は、両牛の前後左右を取り巻いて、イヤイー、イヤイー、という掛け声をかけて牛に声援する。六秒、七秒。闘いは、酣《たけなわ》となった。
 押した押した。黒が押した。崖も崩れんばかり見物人の山が動揺する。なんと呼んで叫ぶのであるか、見物人は手をあげ口を開いて喚《わめ》く。
 だつ、だつ、だつ。押された赤牛は、西の柵の近くまで追い込まれようとしたとき、あっ、踏み止まった踏み止まった。押し返した押し返した。赤は、死力を尽くして押し返し、場の中央から少し北方寄りのところへ、立って組んだ。
 二つの肉団は、泰山の如く動かない。人々は結局引き分けかな、と、予想していた。
 十秒、十五秒。俄然、赤は角をはずした。そして、黒の頸筋の横へまわって、直角に頸筋へ両の角を立てた。その、早業。
 赤は、両の角を敵の横頸へ立てると、なんの猶予もなく、そのまま電撃の疾《はや》さをもって、押し立て押し立て、二百余貫の巨
前へ 次へ
全14ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング