を相手にしなかったけれど、私が窮極に陥ったのを読んだらしい。流石《さすが》に女房だけあって、箪笥《たんす》の抽斗《ひきだし》の奥の隅の底から、雑巾にも等しい襤褸《ぼろ》包を持ちだした。それを、筍の皮でも剥ぐようにめくって行って、最後に出したのが、金三百円である。
そのとき、私は翻然真人間に返った。
しかしながら、この三百円をもって一家を支え行かねばならない。右を向いても左を向いても借金で不義理だらけ。友人には悉く信用を失い、誰一人就職の世話など、奔走してくれぬ。このままで、この三百円に物を言わせないとあれば、家族は路頭に迷い、前橋の食詰横町行きだ。学友との笑い話がほん物になって、遂にカンニング崩れとなるであろう。
思案、才覚、勘考、ありたけの知恵を絞った揚句《あげく》、最後に三百円の資本をもって、めし屋を開業することに方針を決定した。なにしろ、資本が極めて薄いのであるから、東京の中央で店を開くなどは思いもよらない。まず場末を選ぶことになったのである。
中仙道の板橋方面、甲州街道の柏木方面、奥州浜街道の千住あたりを極力捜したのであるがいかに場末と雖も、資本金三百円をもって開店し得
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