るような、街道に沿うところに、そんなささやかな貸家はない。しかし懸命になって捜し歩いた。とうとう、大井町の鮫洲の近くで一軒家を見つけた。京浜国道に沿ったところに、小料理屋が居抜きのままで譲るという。
茶碗、小鉢、椅子、卓子までつけて、金百円でよろしいというのだ。天の恵みである。家賃が三十円の敷金が三つの九十円。まだ百円あまり残っている。一日、大工を雇ってきて、店をめし屋風に改造した。
三
米が二斗で、四円六十銭、それに野菜、香のもの、魚類に牛肉、味噌醤油まで仕入れて二十円とはかからない。牛肉は、こま切れであるが、これで牛めしもやる方針である。
そこで、問題であるのは酒類である。女房は酒類を店に置くと、あなたが召し上がってしまうから、いけないという。私はめし屋に酒類がなければ、しょうばいにならぬと主張する。そこへ、近所の酒問屋から番頭が注文取りにきた。菰《こも》冠りの、にせ正宗四斗樽一本を、金四十円で入れましょうというのだ。
正宗と名がついていれば、にせでもなんでもよろしい。店の土間の正面に、菰冠りがどっしりと鎮座したのである。まことに重厚。華麗な風景だ。懐中に残り少しと
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