、この名門へ出入りする炭焼男があった。名門では日ごろ、この男に薪をきらせ、炭を焼かせて、一年の料としたのである。猿ヶ京の村から眺むれば、南は利根郡と吾妻郡の境をなす子持や小蜀子の連山に続いて、三国峠の山裾が伸びた重畳たる岳と谷、北六の背となるところは、初根郡と越後国南魚沼郡の国境をなす茂倉、谷川、万太郎、三国山など八千尺級の雪の峻嶺が奥へ奥へを続いている。
 この炭焼男は、越後の南魚沼の浅貝方面の山中から来たらしい。年は三十二、三、頑丈な律気な青年である。日ごろは、猿ヶ京から五、六里隔たった万太郎山に近い山奥にこもり、炭が焼けると、これを背負って里へ下り、帰りには食い物を背負って行った。
 男の素性はよく分からないが、だが、正直で純で、素直で力持ちで、浮世の塵とか垢とかはこの男に毛ほども絡《から》まりついていないのである。ほんとうの山男、人間そのもので煩悩邪悪の色は、一点も染まっていない。
 兄も心配し、母も心配し、妹にそろそろ再縁の話がはじまった。まだ三十歳には間のある娘を、一生寡婦として捨て置くわけにはゆかぬ。母も兄も、気を揉《も》んだ。
 二、三、話があってそれを娘に相談したけれ
前へ 次へ
全7ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング