けた。
千万長者が、さらに儲けたのであるから婿さんから見れば、金は湯や水にひとしい。呑み、買う、幾人かの妾は置く。今日は博多、明日は大阪といった具合に、殆ど熊本の家へは寄りつかないのである。
夫婦の愛情など、生まれてくるものではない。ただ在るものは虚偽と虚栄と、冷たい空気ばかりである。来る日も、来る月も、来る年も、空閨の連続である。それでも、婦道を守り姑に仕えて、五、六年は過ぎた。
だが、本人は深く考えた。こうして、自分だけ人間の道を護っても、相手に反応がなければそれは無意味である。なおかつ、良人の家にあるとすれば、五十年、六十年の後には、枯木の倒れるように、空しく骸となって失せねばならぬと思う。
ある夜、思い切って熊本の千万長者の家を去った。そして、東京の兄の家へは立ち寄らず、直接猿ヶ京の母の膝下へ帰った。兄は、この結婚は失敗であったということを深く理解していた。妹が婚家を去ったという報《しら》せをきいて、猿ヶ京へ飛び帰り、厚く妹を慰めそして謝した。
母は、一言もいわなかった。ただ哀れなわが娘を抱きしめ、潜然《せんぜん》と涙の皺の頬に、流し伝えるばかりであった。
そのころ
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