見捨ててしまったらしい。通行の人は、法師温泉へ行く人か、この村の人々が出入りするばかりだ。
群馬県利根郡新治村の最も奥の部落が猿ヶ京で、法師温泉まで二里の間、僅かに数戸の小屋が峡間に、一、二点在しているのである。だが、昔は関所があっただけに、なかなか大きな部落で、山の村としてはどの家も構えが大きい。
だから、村には何軒かの名門があった。そのうちでも、某というのは一頭地を抜いた名家で今は退職しているが、この家の長男は大審院の判事まで栄達した人である。その人の妹に素晴らしい美人があった。
兄が東京へ伴って教育したのであるから、学問のことは勿論、行儀作法から女の芸事にかけては、何一つ欠くるところがないまでに育て、そして躾《しつ》けたのである。そして天稟《てんぴん》の麗質の持ち主であった。
縁があって、この美人は熊本県の千万長者の長男のところへ嫁いで行った。二十一歳であったという。
兄も、故郷猿ヶ京の親達も良縁であると喜んだ、がほんとうは良縁ではなかった。婿さんというのは学校出ではあるけれど、商才に長じた人物で、ちょうど支那事変がはじまった景気の動きに乗り、大資本を利用して、大いに儲
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