、夕方早く学校から帰ってくると、田端の高台の一番高いところにある大根畑の傍らに佇んで、西北の遠い空を望み凝した。
 それは、赤城と榛名の姿を探し求めたのである。しかしながら、わが求むる赤城と榛名は、いつも秋霞の奥の奥に低く塗りこめられて、つれなくも私の視界に映らない。ただ近く秩父の山々が重畳と紫紺の色に連なり、山脈が尽きるあたりの野の果てに頂をちょんぼり白く染めた富士山が立っていた。
 大根畑の傍らへ、朝も夕も通ったが、とうとう故郷の山を望み得なかった。もう堪らない。
 一度、父母の顔を見に帰ることにきめた。ごとごとと汽車が走った。桶川駅を過ぎたあたりまでくると、汽車の窓から一心に西北の空を眺める私の眼に、赤城と榛名の低く淡く地平線に横たわる容が映るのであった。私は、瞳を凝した。頭がうっとりした。
 恰《あたか》も、冬の夜に、甘酒を一杯頂戴して、からだに温《ぬく》もりを覚えたほどの、想いを催したのである。私は、利根川の西岸上野国東村大字上新田に生まれ育った。よちよち歩く頃から東の田圃へ出れば赤城山、西の田圃へ出れば榛名山、北方の空に春がきても夏がきても四季の朝夕楽しき折りも、悲しき折り
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