眺めである。秋も終わりに近づいて、そろそろ稲の収穫がはじまろうとするころ、荒船山の南方と、秩父山の西北との遠い遠い空に、雪の連山が生まれたように浮いて出る。
 この連山は夏から秋の半ばころにかけては、あたりの群山に紛れて、全く人々の注意を惹かないのであるけれど、上州の平野から眺める四囲の山々で、最も早くこの連山に雪がくるので、はじめて晩秋の農民の眼に映るのである。我々平野の人々は、昔からこの遠山の名を知らなかった。
 ただ村人は、あれは信州か甲州の奥山であろうと思っていた。
 ところで、あの遠い山をはじめて甲州の八ヶ岳であると断定したのは、私であった。それは私が登山に趣味を持つようになって、甲州や駿河信州の飛騨の山々を歩きはじめた今から三、四十年前のことであった。甲州の甲府の南方釜無河畔から眺めた八ヶ岳と、ある年の晩秋、上新田へ帰省して、西南の遙かな空にあの白い奥山を望んだとき、形の大小遠近こそあれ、全く姿が同じであったので、あれは八ヶ岳であったかと、多年の謎が解けたのである。
 赤岳を主峰として八つの嶺が序列正しく白い新雪を冠り、怒れる猛獣が銀の牙を天に向かって剥《む》きだしたに似た
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