いる。赤城と同じに、なんと広い裾野の持ち主ではないか。
 榛名は赤城に比べると、全体の姿といい、肌のこまやかさ、線の細さなど、女性的といえるかも知れない。東から船尾、二つ岳、相馬山、榛名、富士と西へ順序よく並んで聳えるが、どの峰もやわらかな調和を失わない。そして、それぞれが天空に美しく彫りつけたような特色を持っているけれど、敢て奇嬌ではない。
 まず、榛名は麗峰と呼んで日本全国に数多くはあるまいと思う。
 死んだ村上鬼城は、榛名の春霞に陶酔して、これを幾度も俳句に読んでいるけれど、私は秋の榛名に傾倒している。九月の末になって、峰の初霜から次第に冷涼が加わってくると、榛名は嶺の草原から紅くなる。十月に入ると、もう朝寒むである。嶺の草紅葉の色は、段々に中腹の雑木林に移り染まって恰《あたか》も初夏、新緑が赤城の裾野を頂に向かって這い登るのと反対に、一日ごとに青草の彩が、麓の方へ退くのが、はっきりと分かるのである。
 この頃の榛名を眺めると、私は終日飽くことを知らない。殊に、十月下旬になると相馬ヶ原一帯の錦繍《きんしゅう》は、ほんとうに燃ゆるようだ。明治三十九年の正月の上旬であったと思う。私は
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