と、地肌に割れ込んでいるのが、手に取るように見える。箕輪の部落のあたりから富士見村の方へ割れ下っている襞は、あれは白川の流れであろうか。
 父は夕方になると山襞に添って黒くひろがる斑点を指して、幼い私に「白川狐」の物語を、麦田打つ手を休めて、語ってくれた。父は、前橋市宗甫分、昔の勢多郡上川向村大字宗甫分から、利根川の小相木の船橋を渡って、私の家へ養子に来たのである。前橋からの高崎街道は六十年ばかり前までは、宗甫分から利根川を越えて、対岸の西群馬郡東村大字小相木へ通じていた。そこに、船橋が架してあった。
 宗甫分に在った頃の青年の父は、いつも年の暮れが近づくと、村の長老鹿五郎爺の先達で、赤城の中腹にある箕輪村の近くへ、春の用意の薪採りに登って、幾夜も松林のなかへ立てた俄作りの掘立小屋に泊まった。ある年の冬の夜、その小屋の近くを流れる白川の崖に棲む「白川狐」の二匹が、一人の娘に化けて掘立小屋を訪ねてきたのに、青年の父が応待したという話である。
 二匹の狐が、一人の娘に化けたというのが、私ら子供の興味を集めた。一匹の狐が、一匹の狐の肩車に乗り、一体となって巧みに、姿のなまめかしい娘に化けた。
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