みを立てて走る電車の突進するさまを眼に描いた。死ぬには、電車がひと思いでいい。
 今夜が、この世との別れだ。それにつけて、一期の思い出に酒を飲もう、と考えた。八幡の町へ出て、古着屋の前へ立った。鞄の中には、母が故郷から送ってきた手織の袷《あわせ》と兵子帯《へこおび》が入っていた。毛布もある。持物すべてを買って貰った。[#「。」は底本では「。、」]古着屋の主人は、母の心尽くしの袷を、汚らしそうに、指先で抓《つま》みあげた。それが、私に悲しかった。
 酒を一升買った。ひる間ひる寝をした堤の上へ一升壜を下げて行った。これも飲み終わったなら、静かにこの世に暇を告げよう。私は酒屋で貰った味噌をなめながら、茶碗酒をあおった。
 眼が覚めたら、私は暁の堤の草の上にまだ生きていた。みやこ鳥が、ゆるゆると淀の川瀬に泳いでいる。

     四

 友人に誘われて、一度吉原の情緒を覚えてから、私の心は飴のように蕩《とろ》けた。
 しまいには、小塚っ原で流連《りゅうれん》するようになった。朝、廓《くるわ》を出て千住の大橋のたもとから、一銭蒸気に乗って吾妻橋へ出るのが、私の慣わしであった。蒸気船が隅田川と綾瀬
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