草にまじって黄色く咲いた蒲公英《たんぽぽ》の花の上へ、蜜蜂が飛んできてとまった。何と遅々たる春日だろう。
うつらうつらと眠くなった。私は、老僧の親切な言葉に安心して、ほんとうにのんびりした気持ちになったのであった。
眼がさめた。驚いて陽《ひ》を見るともう西の山の端に沈んでいる。日が暮れるのに間もあるまい。残映が、山の上を帯のように長い雲をぼんやりと紅く染めている。
――五時と言われたのに――しまった――
私は、転ぶように寺の土間へ駆け込んだ。声を聞いて出てきたさきほどの梵妻は、私の顔を見るなり、
『おっさんは、いつも来るようなひやかしだとは思ったけれど、それでもと思って約束の正五時に京から戻ってきた。ところが、案の定、お前さんが見えない。仏をだます者は、碌《ろく》な者になれぬと言いながら、もう余ほど前に檀家の法事へ出て行った』
と、いったような意味のことを突っけんどんに言い払って、ぶっきら棒に奥へ引き込んでしまった。私は呆気《あっけ》にとられた。
私は、私の身はもう生甲斐がないと思った。生きて行けないと思った。寺の門を、しょんぼりと出ながら、淀川の鉄橋の上を物凄い軋《きし》
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