まい。きょうを最後に、おれは生まれ代わるのだ。
 だのに、高知へ着くとけろりとして酒を飲んだ。新橋駅の心の誓いなどてんで思い出してもみなかった。神戸へ上陸してからは、なけなしの財布の底を叩いて福原遊廓へも走り込んだ。おれという人間はもう箸にも棒にもかからないのだ。
 野の道に腰をおろして、西の方を見ると、八幡の町から田圃を隔てた新緑の林を貫いたお寺らしい大きい甍《いらか》が眼に入った。もう財布に一銭もない。今夜から食うこともできなければ、また泊まるところもない。ふと、寺のお弟子になったらばと、思った。弟子になれたなら、食うことばかりではない、おれの性根もなおるだろう。
 私は、田圃の畦道《あぜみち》を歩いた。寺の庫裏《くり》の広い土間へ立って、
『ご免なさい、ご免なさい』
 と幾度も繰り返した。漸く聞きつけたと見え、奥の方から五十二、三歳の梵妻《ぼんさい》風の老女が出て来て、私の前へ立った。
『なんぞ、ご用どすか』
 と、けげんな顔をしたのである。
 私は、しばらくためらっていたのであるが、放蕩に身を持ち崩し、東京を夜逃げの姿で旅立ちし、土佐から神戸、大阪と職を捜してさまよってきた。け
前へ 次へ
全17ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング