入した木片を噛《か》むやうなものであつた。果して、これが狸肉であるかどうか知らない。仮りにこれが狸肉であつたにしたところ、かうまで煮だしてあくを抜き、狸の特徴とするところの土臭を去つてしまつては、なんの変哲もない汁ではないかと思ふ。
 たうとう、してやられた。だが、相手が瓢軽洒脱《ひょうきんしゃだつ》、甚だ愛嬌《あいきょう》のある狸であつてみれば腹もたつまい。寛永三年御清の節の食穢には狸、狼、羚羊を食つた人に、五日間の穢《けが》れありとしてあるが、今晩は鰊糟《にしんかす》にも劣る小片のみで、狸をたらふく食つたわけではない。だから、祟《たたり》のほども尠《すく》ないであらうと自ら慰めて、不平も言はないで帰宅したのであつた。
 爾来《じらい》、狸汁のことについては長い間忘れてゐたのだが、団栗のことから狸の身の上に想ひ及び、無用の興を催してゐたところ、つい最近友人が訪ねてきて、ちかごろに狸の試食会をやらうではないかと言ふのである。
 これに対して私は、狸汁は御免だと答へて先年虎の門の料亭で一杯食はされた話をすると、友人が言ふにいやそんないかさま狸ではない。正真正銘の狸である。実は、自分の郷里
前へ 次へ
全17ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング