、どうでもよろしい。一刻も早く狸肉に接して、その漿《しょう》を賞翫《しょうがん》したいと思つてゐるのだが、なか/\本ものが出てこないのである。出るものいづれも月並の会席料理で、これは一杯食はされたかと考へてゐると、主催者からこれからいよいよ狸汁を差し上げますと言ふ宣言があつた。
 しばらく待つと、黄筋入黒塗の椀《わん》が運ばれてきた。なかは信州味噌を漉《こ》した味噌汁である。不躾《ぶしつけ》ながら、箸のさきで椀のなかを掻《か》きまはしてみた。さつま芋の賽《さい》の目に切つたものが、菜味としてふんだんに入つてゐる。狸はどこにゐるやと、なほ丹念に掻きまはしたが、狸肉らしいものがでゝこない。それでも諦めずやつてゐると椀の底の方から、長さ曲尺《かねじゃく》にして五分、太さは耳かきの棒ほどの肉片が二筋でゝきた。これ即ち、今晩の呼び物であつたかと推察し、箸につまんで口中へ放り込み、つぶさに奥歯と舌端で試味したのであつたが、これはまたほんとうに何の味も、素つ気もないものであつた。だし汁を取るとき、煮だした鶏骨に僅かにしがみついてゐる肉|滓《かす》に似て、それよりも無味である。恰も、誤つて汁のなかへ混
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