落ちたからだ。狸は、ヒヨウヒヨウと鳴く。
夕飯が済んで寝る頃になると、ヒヨウヒヨウと細い鳴き声が次第に屋敷のまはりへ近づいてくる。幼い私は、その声をきくと怖さに祖母の膝へしがみついた。そして、祖母の寝物語に、カチ/\山の爺さんが、狸婆さんに狸汁だと騙《だま》されて、婆あ汁を食つたと言ふお伽噺《とぎばなし》をきゝ、狸は凄《すご》い妖術を持つてゐる獣であると、ひどく感心したものであつた。
そんな次第であるから、これから後楢の木の大団栗はもちろんのこと、樫の木の小団栗に至るまで清酒醸造の資料になつてしまつたなら、わが故郷の狸どもは食糧難にいかなる対策を講ずることであらう。
三
それは兎に角として、私は祖母の懐ろにカチ/\山の噺をきいてからと言ふもの、狸汁について深い興昧を持ちはじめたのである。南支の広州に、三蛇会料理と言ふのがある。これは蝮《まむし》、はぶ、こぶらの三毒蛇を生きながら皮を剥《は》ぎとり、肉をそぎ身にして細かく叩き、鼎《かなえ》にかけた鍋のなかへ投ずる。鍋のなかには予め羹《あつもの》が沸《たぎ》つてゐて、三蛇は互に毒を以て毒を制し、その甘膩《かんじ》、その肥爛
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