年、最も数多い狸の皮を持つてくるところを見ると、やはり上州が狸の名産地であると思ふと言ふのである。なるほど、坂本商店の倉庫へ入つてみると、狸の毛皮が山のやうにあつた。
 私の故郷の村は、利根川の崖《がけ》の上にある。その崖に続いた雑木林のなかには、私の幼いときまで随分狸が棲《す》んでゐた。天明三年、信州と上州とに胯《また》がる浅間山が爆発して熔岩を押しだし、それが利根川の下流まで流れ溢れ、私の村の近くは火石の原と化したのである。その後、火石の原に楢や椚、栗などの雑木が生ひ茂つて平林と化したのであるが、そこへどこからともなく狸が移り棲んで繁殖したのである。
 村の七蔵爺さんと言ふのは、狸と仲よしであつたとのことであつた。私も子供のとき、利根川畔の雑林へ早春の虎杖《いたどり》の若芽を採りに行くと崖の下の陽だまりのところに、狸のため糞が山と積んであるのを見た。また時には、狸の子供が五六匹、穴の入口で角力などとつて戯れてゐるのを見たことがある。晩秋になると、雑木林の方から枯草|莽々《ぼうぼう》たる私の広い屋敷へ、狸が毎夜遊びにきた。私の屋敷には、樫の木が数多くあつて秋になると、それから小団栗が
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