ほんたうに幸運であつたと思つた。

    五

 狐は、事物異名考に淫婦紫姑が化けた獣であると書いてゐるから人間の食ひものにはなるまいが、同じ妖術を心得てゐても狸の方は悪意ある化け方をしない。どこか間の抜けたところがあつて、人からその無頓着を愛されてゐる。だから、大いに食へるだらうと言ふ友人の説である。
 そこで、一両日前会津の山奥から送つてきた狸を、木挽《こびき》町の去る割烹店へ提げ込んだ。そこの主人が、料理に秘術を尽すと言ふことであつた。
 酒友数人のほかに、所謂食通と称する人物と、東京で代表的な料理人と言はれる連中四五人を集め、狸公を味覚の上にのせることにした。先づ第一に出たのが、肉だんごだ。これは狸肉を細かく挽いてだんごに丸め、胡椒《こしょう》と調味料を入れて軽く焼いたのであるさうだ。なか/\いける。臭みがない。
 次は、肉を刻み油でいため、蕃茄羹《トマトじる》をかけたものだ。これも、乙である。その次は、テキである。これは、硬くて歯が徹らなかつた。カツも出たが、カツも同様だ。さらに清羹《すまし》に種とし、人参大根青豆などを加役とした椀が運ばれた。しかしこれは随分手数が掛つたも
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