ふ言葉をつけたには、一応理由があるからである。それは、さる頃狐の肉で失敗してゐるからだ。
初冬の真昼、友人数名と共に銀座の舗道を歩いた。すると、前方から有閑婦人が頗《すこぶ》る高貴な銀狐の毛皮を、首にまきつけしやなりしやなりと漫歩してきた。婦人は素敵な美人であつたけれど、それよりも私等仲間の注目を惹《ひ》いたのは、西欧の王さまたちが即位のとき身に飾る黒|貂《てん》の毛皮に、白金の糸を織り込んだやうな銀狐の皮であつたのである。有閑婦人が行き過ぎてから、それの後ろ姿を見返り感慨深さうに、皮でさへも一枚千円もするのであるから、銀狐の肉は素晴らしくおいしいものであらうな、と友人が言ふのであつた。
ところが、他の連中も一人の想像に共鳴したのである。そこで、私になんとか狐肉を才覚する思案はあるまいか、と相談を持ちかけるのである。しかし、これには私もちよつと当惑した。だが、しばし考へてみると先年浅間山の北|麓《ろく》六里ヶ原へ山女魚《やまめ》釣に赴《おもむ》いたとき、そこの養狐場へ厄介になつたことがある。その養狐場には、数百尾の銀狐がゐて、主人も親切者であることを想ひだした。
冬のはじめは、狐
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