翌日、私は隣村に友人を訪ねた。そして、昨宵の一部始終を物語った。ところが友人は一向《いっこう》にこれを信用しない。
 着想として、奇抜だな。昨夜は長考に耽ったことだろう。貴公――。
 いや、ほんとうだよ。作りごとじゃない。僕がこの眼で見たんだ。
 だが、前代未聞だ。
 この会話を、さきほどから友人の祖父が、鉈豆煙管《なたまめぎせる》をくわえながらきいていたが、
 それは、そらごとでもあるまい。わしは、若いときわしの祖父からきいた話に、殿田用水あたりには、昔から性悪の狸奴がすんでいて、とてつもない物に化けるそうじゃ。
 よんべのしゃもじも、たしかにその狸奴の、道楽だんべえ。
 と、解説したのである。そこで友人も、私の話が作りごとでないことに頷いた。
 ところで、友人の祖父が、若いとき祖父からきいた話であるとしてみれば、殿田用水の狸はよほど劫をへた古狸に違いない。
 漢書幽明録に、こんなことが記してある。漢の董仲舒《とうちゅうじょ》が、ある日窓の幕を下ろし、なにか思索に耽っていると、突然来客があった。見ると立派な風采《ふうさい》で、半影まことに非凡である。董仲舒を相手に論議を求めてき
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