は一入《ひとしお》ですな。ご無心で甚だご迷惑と存ずるが、せっかく参詣致したついでに、ちょっと額堂の軒下なりと拝借して雪の眺めをいたしたい。まだほかに、連れのものもご座る』
『まだ絶えて参詣人もご座らぬ。邪魔にもならぬじゃろう。ごゆっくりお休みなされ』
 役僧は、風流の心を察したかのようであった。
 万延元年三月三日は、黎明の頃から江戸にちらちらと雪が降った。
 男坂の方から愛宕山へ、下駄ばきで傘をすぼめ、黙々として登ってくる町人然とした四人の者がある。やがて、山へ登りついて愛宕神社の前までくると、三人は玉垣の外に立ったが、一人は拝殿の広前へ立ち入って額《ぬか》づき、鈴の緒を振って祈願をこめた後、社務所の前へ立って、役僧に雪見の場所を無心したのである。
 社《やしろ》に役僧というのは変であるが、当時は神仏合掌であったから、愛宕神社は円福寺で社務を執り、役僧が出張してきていた。
 四人は、一列になって深い雪から下駄を抜きながら絵馬堂の方へ行った。石畳でこつこつと傘の雪を払い、袂《たもと》の雪を叩いて堂の中へ入ってから何れも髪の露を掻きあげた。
『案じたものでもなかった』
 四人は、にっこと
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